宇宙人グリーンマン

ワクワクする毎日。ハッピーな毎日。そんな毎日を、大阪で楽しく遊んで過ごしています。

この世界の歩き方

わたくしは、いつも好きなことをして、

何でも自由にやって、

幸せ感たっぷりで生きているけど、

たまに、モヤモヤしたりイライラしたりすることがある。

 

街を歩いている時や、車を運転している時など、

ちょっとしたことで、そんな感情が芽生える。

 

このモヤモヤ、イライラの原因は何だろうかと、いつも考えるのだけど、

良く分からない。

 

 

『自分の現実は、自ら創造している』

それは知っている。

 

自分が目にする世界は、自分が創造している世界だから、

何らかの原因があるはずなのだけど、

なぜ、こんな現実を造り出しているのかが分からないのだ。

 

たとえば、車を運転中、乱暴な運転をする車に割り込まれた時、

瞬時にイラッとするけど、

ではなぜ、こんなドライバーを自分の世界に登場させているのだろうか?

 

自分はのんびりマイペースで走っている。

決して、他の車と競い合っていない。

 

なのに、なぜ、こんな人間を自分の世界に創造させているのか?

 

それが、まったく分からない。

 

わたくしにとっては、こんな人間はいらない。

わたくしにとっては、いらない人間なのだ。

 

いらない人間を、なぜ自分の現実に登場させているのか?

 

何かのメッセージが含まれているのだろうか?

 

自分の中に潜んでいる、競争心だとか、対抗心が、

このような現実を造り出しているのだろうか?

 

 

 

人間はそれぞれ、自分の思考で判断して行動している。

 

しかし、この『思考』というものは、とても厄介なものだ。

 

何か忘れたことがあり、それを思い出す時は、この思考が役に立つ。

 

毎日のルーティン、スケジュールなども、

思考によって管理されている。

 

ふと考えて、

あぁ、そうだそうだ、

と、忘れていたことを思い出した時、

思考は便利で、役に立つツールである。

 

でも、人間には、思い出したくないこともたくさんある。

 

ちょっと前のいざこざ、

数年前のトラブル、

中には、数十年も前の嫌な出来事も、

思考は記憶している。

 

それを、何かの拍子に、

ふと思い出す時がある。

 

何のために?

 

何のために、そんな昔の出来事を思い出す必要があるのだ。

 

思考は役に立つ。

しかし、思考を全部信じてはいけない。

 

思考は自分ではないのだ。

 

自分というコンピューターが記録している、単なるアーカイブに過ぎない。

 

思考を、自分だと錯覚しているうちは、

いつまでも、わけの分からない出来事で翻弄される。

 

いつまでも、わけの分からない現実を創造し続けるのだ。

 

『思考は自分ではない』

 

そこからスタートしなければ、この厄介なスピリチュアルワールドは歩けない。

 

この本にも詳しく書いてある。

 

気になる人は参考にしてください。